20190626

俳句の季刊誌『鬣』に僕の俳句が載った。

 

 

三の倍数の月に8句選んで(スマホのメモ帳に俳句がずらっと並んでる)、インターネットのフォームで送る。2018年の12月から送り始めたので3回目だったものが投稿者の中で一番良かったらしく(一番良かった?)今回は7句載った。送った句は毎回コピペでほかのページに移している。そのメモによると、今回載らなかった句は「『欲求』が空欄 保体のテスト」。

一体、なぜこの句だけのけものにされたのか良くわからないが、(「iphoneを撫でて今夜の月明かり」のほうがよっぽどひどい句だと思う、僕自身この句の意味はわからない、なぜならandoroidユーザーだから)、僕はこの句が結構好きだ。

マズローの五段階欲求のことを思いながら詠んだ。中学の保体のテストで覚えているのがそれくらいしかなかったからかも。「欲求」が空欄になってはいなかったと思う。むしろ「社会的」や「自己実現」が空欄だったのかもしれない。だけど、中学の保体のテストを思い出すとき、僕の記憶の中ではたしかに「欲求」が空欄になっているのだ。すべてに当てはまる漢字二字を答えなさい。欲求。みたいな。あの血なまぐさくて透明な欲求だらけだった時分に答えるべき「欲求」が空欄であることのフォトジェニックな様子を読みたくて記憶を改ざんしているのかもしれないね。まーそこらへんはあんまり気にしない派なんですけども。すべてはフィクションなので。